近頃はそれがだんだん落ちついて来て、宗助《そうすけ》の気を揉《も》む機会《ばあい》も、年に幾度と勘定《かんじょう》ができるくらい少なくなったから、宗助は役所の出入《でいり》に、御米はまた夫の留守の立居《たちい》に、等しく安心して時間を過す事ができたのである。だからことしの秋が暮れて、薄い霜《しも》を渡る風が、つらく肌を吹く時分になって、また少し心持が悪くなり出しても、御米はそれほど苦にもならなかった。始のうちは宗助にさえ知らせなかった。宗助が見つけて、医者に掛かれと勧めても、容易に掛からなかった。
そこへ小六《ころく》が引越して来た。宗助はその頃の御米を観察して、体質の状態やら、精神の模様やら、夫《おっと》だけによく知っていたから、なるべくは、人数《ひとかず》を殖《ふ》やして宅《うち》の中を混雑《ごたつ》かせたくないとは思ったが、事情やむを得ないので、成るがままにしておくよりほかに、手段の講じようもなかった。ただ口の先で、なるべく安静にしていなくてはいけないと云う矛盾した助言は与えた。御米は微笑して、
「大丈夫よ」と云った。この答を得た時、宗助はなおの事安心ができなくなった。ところ
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