え御金があると、どうでもして上げる事ができるんだけれども」と、御世辞でも何でもない、同情の意を表した。
その夕暮であったか、小六はまた寒い身体《からだ》を外套《マント》に包《くる》んで出て行ったが、八時過に帰って来て、兄夫婦の前で、袂《たもと》から白い細長い袋を出して、寒いから蕎麦掻《そばがき》を拵《こし》らえて食おうと思って、佐伯へ行った帰りに買って来たと云った。そうして御米が湯を沸《わ》かしているうちに、煮出しを拵えるとか云って、しきりに鰹節《かつぶし》を掻《か》いた。
その時宗助夫婦は、最近の消息として、安之助の結婚がとうとう春まで延びた事を聞いた。この縁談は安之助が学校を卒業すると間もなく起ったもので、小六が房州から帰って、叔母に学資の供給を断わられる時分には、もうだいぶ話が進んでいたのである。正式の通知が来ないので、いつ纏《まとま》ったか、宗助はまるで知らなかったが、ただ折々佐伯へ行っては、何か聞いて来る小六を通じてのみ、彼は年内に式を挙げるはずの新夫婦を予想した。その他には、嫁の里がある会社員で、有福な生計《くらし》をしている事と、その学校が女学館であるという事と、兄弟
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