》にできないのが、また御米の性質であった。だからそんな時には力めても話をした。話の題目で、ややともすると小六の口に宿りたがるものは、彼の未来をどうしたら好かろうと云う心配であった。
「だって小六さんなんか、まだ若いじゃありませんか。何をしたってこれからだわ。そりゃ兄さんの事よ。そう悲観してもいいのは」
御米は二度ばかりこういう慰め方をした。三度目には、
「来年になれば、安さんの方でどうか都合して上げるって受合って下すったんじゃなくって」と聞いた。小六はその時|不慥《ふたしか》な表情をして、
「そりゃ安さんの計画が、口でいう通り旨《うま》く行けば訳はないんでしょうが、だんだん考えると、何だか少し当にならないような気がし出してね。鰹船《かつおぶね》もあんまり儲《もう》からないようだから」と云った。御米は小六の憮然《ぶぜん》としている姿を見て、それを時々酒気を帯びて帰って来る、どこかに殺気《さっき》を含んだ、しかも何が癪《しゃく》に障《さわ》るんだか訳が分らないでいてはなはだ不平らしい小六と比較すると、心の中《うち》で気の毒にもあり、またおかしくもあった。その時は、
「本当にね。兄さんにさ
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