横に降ったり、雪融《ゆきどけ》の道がはげしく泥《ぬか》ったりする時は、着物を濡《ぬ》らさなければならず、足袋《たび》の泥を乾かさなければならない面倒があるので、いかな小六も時によると、外出を見合せる事があった。そう云う日には、実際困却すると見えて、時々六畳から出て来て、のそりと火鉢の傍《そば》へ坐って、茶などを注《つ》いで飲んだ。そうしてそこに御米でもいると、世間話の一つや二つはしないとも限らなかった。
「小六さん御酒好き」と御米が聞いた事があった。
「もう直《じき》御正月ね。あなた御雑煮《おぞうに》いくつ上がって」と聞いた事もあった。
そう云う場合が度重《たびかさ》なるに連《つ》れて、二人の間は少しずつ近寄る事ができた。しまいには、姉さんちょっとここを縫って下さいと、小六の方から進んで、御米に物を頼むようになった。そうして御米が絣《かすり》の羽織を受取って、袖口《そでくち》の綻《ほころび》を繕《つくろ》っている間、小六は何にもせずにそこへ坐《すわ》って、御米の手先を見つめていた。これが夫だと、いつまでも黙って針を動かすのが、御米の例であったが、相手が小六の時には、そう投遣《なげやり
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