に陰気な響を与えた。小六はどうしても、六畳に籠《こも》って、一日を送るに堪《た》えなかった。落ちついて考えれば考えるほど、頭が淋《さむ》しくって、いたたまれなくなるばかりであった。茶の間へ出て嫂《あによめ》と話すのはなお厭《いや》であった。やむを得ず外へ出た。そうして友達の宅《うち》をぐるぐる回って歩いた。友達も始のうちは、平生《いつも》の小六に対するように、若い学生のしたがる面白い話をいくらでもした。けれども小六はそう云う話が尽きても、まだやって来た。それでしまいには、友達が、小六は、退屈の余りに訪問をして、談話の復習に耽《ふけ》るものだと評した。たまには学校の下読《したよみ》やら研究やらに追われている多忙の身だと云う風もして見せた。小六は友達からそう呑気《のんき》な怠けもののように取り扱われるのを、大変不愉快に感じた。けれども宅に落ちついては、読書も思索も、まるでできなかった。要するに彼ぐらいの年輩の青年が、一人前の人間になる階梯《かいてい》として、修《おさ》むべき事、力《つと》むべき事には、内部の動揺やら、外部の束縛やらで、いっさい手が着かなかったのである。
それでも冷たい雨が
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