も知れない」と云って宗助は笑っていた。会話はそれなりでつい発展せずにしまった。
越えて三日目の夕方に、小六はまた飯時《めしどき》を外《はず》して帰って来なかった。しばらく待ち合せていたが、宗助はついに空腹だとか云い出して、ちょっと湯にでも行って時間を延ばしたらという御米の小六に対する気兼《きがね》に頓着《とんじゃく》なく、食事を始めた。その時御米は夫に、
「小六さんに御酒を止《や》めるように、あなたから云っちゃいけなくって」と切り出した。
「そんなに意見しなければならないほど飲むのか」と宗助は少し案外な顔をした。
御米はそれほどでもないと、弁護しなければならなかった。けれども実際は誰もいない昼間のうちなどに、あまり顔を赤くして帰って来られるのが、不安だったのである。宗助はそれなり放っておいた。しかし腹の中では、はたして御米の云うごとく、どこかで金を借りるか、貰うかして、それほど好きもしないものを、わざと飲むのではなかろうかと疑ぐった。
そのうち年がだんだん片寄って、夜が世界の三分の二を領《りょう》するように押しつまって来た。風が毎日吹いた。その音を聞いているだけでも生活《ライフ》
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