利でも、そう誰も彼も拵《こしら》える訳に行かないんだそうです」と小六が答えた。小六は幾分か安之助の利害を代表しているような口振であった。それから三人の間に、しばらく談話が交換されたが、しまいに、
「やっぱり何をしたって、そう旨《うま》く行くもんじゃあるまいよ」と云った宗助の言葉と、
「坂井さんみたように、御金があって遊んでいるのが一番いいわね」と云った御米の言葉を聞いて、小六はまた自分の部屋へ帰って行った。
 こう云う機会に、佐伯の消息は折々夫婦の耳へ洩《も》れる事はあるが、そのほかには、全く何をして暮らしているか、互に知らないで過す月日が多かった。
 ある時御米は宗助にこんな問を掛けた。
「小六さんは、安さんの所へ行くたんびに、小遣《こづかい》でも貰《もら》って来るんでしょうか」
 今まで小六について、それほどの注意を払っていなかった宗助は、突然この問に逢って、すぐ、「なぜ」と聞き返した。御米はしばらく逡巡《ためら》った末、
「だって、この頃よく御酒を呑《の》んで帰って来る事があるのよ」と注意した。
「安さんが例の発明や、金儲《かねもう》けの話をするとき、その聞き賃に奢《おご》るのか
前へ 次へ
全332ページ中154ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング