顛末《てんまつ》を詳しく話し出した。主人は時々へえ、へえと驚ろいたような言葉を挟《はさ》んで聞いていたが、しまいに、
「じゃあなたは別に書画が好きで、見にいらしった訳でもないんですね」と自分の誤解を、さも面白い経験でもしたように笑い出した。同時に、そう云う訳なら、自分が直《じか》に宗助から相当の値で譲って貰えばよかったに、惜しい事をしたと云った。最後に横町の道具屋をひどく罵《のの》しって、怪《け》しからん奴《やつ》だと云った。
 宗助と坂井とはこれからだいぶ親しくなった。

        十

 佐伯《さえき》の叔母も安之助《やすのすけ》もその後とんと宗助《そうすけ》の宅《うち》へは見えなかった。宗助は固《もと》より麹町《こうじまち》へ行く余暇を有《も》たなかった。またそれだけの興味もなかった。親類とは云いながら、別々の日が二人の家を照らしていた。
 ただ小六《ころく》だけが時々話しに出かける様子であったが、これとても、そう繁々《しげしげ》足を運ぶ訳でもないらしかった。それに彼は帰って来て、叔母の家の消息をほとんど御米《およね》に語らないのを常としておった。御米はこれを故意《こい》か
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