礼を述べて元の席に復した。主人も蒲団《ふとん》の上に直った。そうして、今度は野路《のじ》や空云々という題句やら書体やらについて語り出した。宗助から見ると、主人は書にも俳句にも多くの興味を有《も》っていた。いつの間にこれほどの知識を頭の中へ貯《たくわ》え得らるるかと思うくらい、すべてに心得のある男らしく思われた。宗助は己《おの》れを恥じて、なるべく物数《ものかず》を云わないようにして、ただ向うの話だけに耳を借す事を力《つと》めた。
 主人は客がこの方面の興味に乏しい様子を見て、再び話を画《え》の方へ戻した。碌《ろく》なものはないけれども、望ならば所蔵の画帖《がじょう》や幅物を見せてもいいと親切に申し出した。宗助はせっかくの好意を辞退しない訳に行かなかった。その代りに、失礼ですがと前置をして、主人がこの屏風を手に入れるについて、どれほどの金額を払ったかを尋ねた。
「まあ掘出し物ですね。八十円で買いました」と主人はすぐ答えた。
 宗助は主人の前に坐って、この屏風に関するいっさいの事を自白しようか、しまいかと思案したが、ふと打ち明けるのも一興だろうと心づいて、とうとう実はこれこれだと、今までの
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