っぱりババでいいでしょう」と姉がまた説明した。
 それから当分の間は、御免下さいましだの、どちらからいらっしゃいましたのと盛《さかん》に挨拶《あいさつ》の言葉が交換されていた。その間にはちりんちりんと云う電話の仮色《こわいろ》も交った。すべてが宗助には陽気で珍らしく聞えた。
 そこへ奥の方から足音がして、主人がこっちへ出て来たらしかったが、次の間へ入るや否や、
「さあ、御前達はここで騒ぐんじゃない。あっちへ行っておいで。御客さまだから」と制した。その時、誰だかすぐに、
「厭《いや》だよ。御父《おと》っちゃんべい。大きい御馬買ってくれなくっちゃ、あっちへ行かないよ」と答えた。声は小さい男の子の声であった。年が行かないためか、舌がよく回らないので、抗弁のしようがいかにも億劫《おっくう》で手間がかかった。宗助はそこを特に面白く思った。
 主人が席に着いて、長い間待たした失礼を詫《わ》びている間に、子供は遠くへ行ってしまった。
「大変|御賑《おにぎ》やかで結構です」と宗助が今自分の感じた通を述べると、主人はそれを愛嬌《あいきょう》と受取ったものと見えて、
「いや御覧のごとく乱雑な有様で」と言訳
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