呼吸させるようにしてやらなくては毒だと思いながら歩いた。
坂井の家の門を入ったら、玄関と勝手口の仕切になっている生垣《いけがき》の目に、冬に似合わないぱっとした赤いものが見えた。傍《そば》へ寄ってわざわざ検《しら》べると、それは人形に掛ける小さい夜具であった。細い竹を袖《そで》に通して、落ちないように、扇骨木《かなめ》の枝に寄せ掛けた手際《てぎわ》が、いかにも女の子の所作《しょさ》らしく殊勝《しゅしょう》に思われた。こう云う悪戯《いたずら》をする年頃の娘は固《もと》よりの事、子供と云う子供を育て上げた経験のない宗助は、この小さい赤い夜具の尋常に日に干してある有様をしばらく立って眺《なが》めていた。そうして二十年も昔に父母が、死んだ妹《いもと》のために飾った、赤い雛段《ひなだん》と五人囃《ごにんばやし》と、模様の美くしい干菓子と、それから甘いようで辛《から》い白酒を思い出した。
坂井の主人は在宅ではあったけれども、食事中だと云うので、しばらく待たせられた。宗助は座に着くや否や、隣の室《へや》で小さい夜具を干した人達の騒ぐ声を耳にした。下女が茶を運ぶために襖《ふすま》を開けると、襖の影
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