って、とうとう櫓《やぐら》と掛蒲団《かけぶとん》を清《きよ》に云いつけて、座敷へ運ばした。
 小六は宗助が起きる少し前に、どこかへ出て行って、今朝《けさ》は顔さえ見せなかった。宗助は御米に向って別段その行先を聞き糺《ただ》しもしなかった。この頃では小六に関係した事を云い出して、御米にその返事をさせるのが、気の毒になって来た。御米の方から、進んで弟の讒訴《ざんそ》でもするようだと、叱るにしろ、慰さめるにしろ、かえって始末が好いと考える時もあった。
 午《ひる》になっても御米は炬燵から出なかった。宗助はいっそ静かに寝かしておく方が身体《からだ》のためによかろうと思ったので、そっと台所へ出て、清にちょっと上の坂井まで行ってくるからと告げて、不断着の上へ、袂《たもと》の出る短いインヴァネスを纏《まと》って表へ出た。
 今まで陰気な室《へや》にいた所為《せい》か、通《とおり》へ来ると急にからりと気が晴れた。肌の筋肉が寒い風に抵抗して、一時に緊縮するような冬の心持の鋭どく出るうちに、ある快感を覚えたので、宗助は御米もああ家《うち》にばかり置いては善《よ》くない、気候が好くなったら、ちと戸外の空気を
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