澄んでいないので、御米の方では、自分の待遇が悪いせいかと解釈する事もあった。それがまた無言の間《あいだ》に、小六の頭に映る事もあった。
ことに今日は頭の具合が好くないので、膳に向っても、御米はいつものように力《つと》めるのが退儀《たいぎ》であった。力《つと》めて失敗するのはなお厭《いや》であった。それで二人とも障子《しょうじ》を張るときよりも言葉少なに食事を済ました。
午後は手が慣《な》れたせいか、朝に比べると仕事が少し果取《はかど》った。しかし二人の気分は飯前よりもかえって縁遠くなった。ことに寒い天気が二人の頭に応《こた》えた。起きた時は、日を載《の》せた空がしだいに遠退《とおの》いて行くかと思われるほどに、好く晴れていたが、それが真蒼《まっさお》に色づく頃から急に雲が出て、暗い中で粉雪《こゆき》でも醸《かも》しているように、日の目を密封した。二人は交《かわ》る交《がわ》る火鉢に手を翳《かざ》した。
「兄さんは来年になると月給が上がるんでしょう」
ふと小六がこんな問を御米にかけた。御米はその時畳の上の紙片《かみぎれ》を取って、糊に汚《よご》れた手を拭いていたが、全く思も寄らない
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