、清の影も音もしないとなると、なおのこと変に窮屈な感じが起った。無論小六よりも御米の方が年上であるし、また従来の関係から云っても、両性を絡《から》みつける艶《つや》っぽい空気は、箝束的《けんそくてき》な初期においてすら、二人の間に起り得べきはずのものではなかった。御米は小六と差向《さしむかい》に膳に着くときのこの気ぶっせいな心持が、いつになったら消えるだろうと、心の中《うち》で私《ひそか》に疑ぐった。小六が引き移るまでは、こんな結果が出ようとは、まるで気がつかなかったのだからなおさら当惑した。仕方がないからなるべく食事中に話をして、せめて手持無沙汰《てもちぶさた》な隙間《すきま》だけでも補おうと力《つと》めた。不幸にして今の小六は、この嫂《あによめ》の態度に対してほどの好い調子を出すだけの余裕と分別《ふんべつ》を頭の中に発見し得なかったのである。
「小六さん、下宿は御馳走《ごちそう》があって」
こんな質問に逢うと、小六は下宿から遊びに来た時分のように、淡泊《たんぱく》な遠慮のない答をする訳に行かなくなった。やむを得ず、
「なにそうでもありません」ぐらいにしておくと、その語気がからりと
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