と平行に塞《ふさ》いでいるから、まあ四角な囲内《かこいうち》と云っていい。夏になるとコスモスを一面に茂らして、夫婦とも毎朝露の深い景色《けしき》を喜んだ事もあるし、また塀の下へ細い竹を立てて、それへ朝顔を絡《から》ませた事もある。その時は起き抜けに、今朝咲いた花の数を勘定《かんじょう》し合って二人が楽《たのしみ》にした。けれども秋から冬へかけては、花も草もまるで枯れてしまうので、小さな砂漠《さばく》みたように、眺《なが》めるのも気の毒なくらい淋《さび》しくなる。小六はこの霜《しも》ばかり降りた四角な地面を背にして、しきりに障子の紙を剥《は》がしていた。
時々寒い風が来て、後《うしろ》から小六の坊主頭と襟《えり》の辺《あたり》を襲《おそ》った。そのたびに彼は吹《ふ》き曝《さら》しの縁から六畳の中へ引っ込みたくなった。彼は赤い手を無言のまま働らかしながら、馬尻《バケツ》の中で雑巾《ぞうきん》を絞《しぼ》って障子の桟《さん》を拭き出した。
「寒いでしょう、御気の毒さまね。あいにく御天気が時雨《しぐ》れたもんだから」と御米が愛想《あいそ》を云って、鉄瓶《てつびん》の湯を注《つ》ぎ注《つ》ぎ、
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