うしても腰から下は田の中へ浸《つか》って、二時間も三時間も暮らさなければならないんですから、全く身体《からだ》には好くないようです」
 主人は時間に制限のない人と見えて、宗助が、なるほどとか、そうですか、とか云っていると、いつまでも話しているので、宗助はやむを得ず中途で立ち上がった。
「これからまた例の通り出かけなければなりませんから」と切り上げると、主人は始めて気がついたように、忙がしいところを引き留めた失礼を謝した。そうしていずれまた刑事が現状を見に行くかも知れないから、その時はよろしく願うと云うような事を述べた。最後に、
「どうかちと御話に。私も近頃はむしろ閑《ひま》な方ですから、また御邪魔に出ますから」と丁寧《ていねい》に挨拶をした。門を出て急ぎ足に宅《うち》へ帰ると、毎朝出る時刻よりも、もう三十分ほど後れていた。
「あなたどうなすったの」と御米が気を揉《も》んで玄関へ出た。宗助はすぐ着物を脱いで洋服に着換えながら、
「あの坂井と云う人はよっぽど気楽な人だね。金があるとああ緩《ゆっ》くりできるもんかな」と云った。

        八

「小六《ころく》さん、茶の間から始めて。
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