けれども彼の淋しみは、彼を思い切った極端に駆《か》り去るほどに、強烈の程度なものでないから、彼がそこまで猛進する前に、それも馬鹿馬鹿しくなってやめてしまう。のみならず、こんな人の常態として、紙入の底が大抵の場合には、軽挙を戒《いまし》める程度内に膨《ふく》らんでいるので、億劫《おっくう》な工夫を凝《こ》らすよりも、懐手《ふところで》をして、ぶらりと家《うち》へ帰る方が、つい楽になる。だから宗助の淋《さび》しみは単なる散歩か勧工場《かんこうば》縦覧ぐらいなところで、次の日曜まではどうかこうか慰藉《いしゃ》されるのである。
この日も宗助はともかくもと思って電車へ乗った。ところが日曜の好天気にもかかわらず、平常よりは乗客が少ないので例になく乗心地が好かった。その上乗客がみんな平和な顔をして、どれもこれも悠《ゆっ》たりと落ちついているように見えた。宗助は腰を掛けながら、毎朝例刻に先を争って席を奪い合いながら、丸の内方面へ向う自分の運命を顧《かえり》みた。出勤刻限の電車の道伴《みちづれ》ほど殺風景なものはない。革《かわ》にぶら下がるにしても、天鵞絨《びろうど》に腰を掛けるにしても、人間的な優《
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