たらき》らしい女を呼び出した。そこで小声に説明をして、品物を渡すと、仲働はそれを受取ったなり、ちょっと宗助の方を見たがすぐ奥へ入った。入《い》れ違《ちがえ》に、十二三になる丸顔の眼の大きな女の子と、その妹らしい揃《そろい》のリボンを懸《か》けた子がいっしょに馳《か》けて来て、小さい首を二つ並べて台所へ出した。そうして宗助の顔を眺《なが》めながら、泥棒よと耳語《ささやき》やった。宗助は文庫を渡してしまえば、もう用が済んだのだから、奥の挨拶はどうでもいいとして、すぐ帰ろうかと考えた。
「文庫は御宅のでしょうね。いいんでしょうね」と念を押して、何《な》にも知らない下女を気の毒がらしているところへ、最前の仲働が出て来て、
「どうぞ御通り下さい」と丁寧《ていねい》に頭を下げたので、今度は宗助の方が少し痛み入るようになった。下女はいよいよしとやかに同じ請求を繰り返した。宗助は痛み入る境を通り越して、ついに迷惑を感じ出した。ところへ主人が自分で出て来た。
主人は予想通り血色の好い下膨《しもぶくれ》の福相《ふくそう》を具《そな》えていたが、御米の云ったように髭《ひげ》のない男ではなかった。鼻の下に短
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