つ拵《こしら》えた。宗助がそれを提《さ》げたところは、まるで進物の菓子折のようであった。
座敷で見ればすぐ崖の上だが、表から廻ると、通りを半町ばかり来て、坂を上《のぼ》って、また半町ほど逆に戻らなければ、坂井の門前へは出られなかった。宗助は石の上へ芝を盛って扇骨木《かなめ》を奇麗《きれい》に植えつけた垣に沿うて門内に入った。
家《いえ》の内はむしろ静か過ぎるくらいしんとしていた。摺硝子《すりガラス》の戸が閉《た》ててある玄関へ来て、ベルを二三度押して見たが、ベルが利《き》かないと見えて誰も出て来なかった。宗助は仕方なしに勝手口へ廻った。そこにも摺硝子の嵌《は》まった腰障子《こししょうじ》が二枚閉ててあった。中では器物を取り扱う音がした。宗助は戸を開けて、瓦斯七輪《ガスしちりん》を置いた板の間に蹲踞《しゃが》んでいる下女に挨拶《あいさつ》をした。
「これはこちらのでしょう。今朝|私《わたし》の家《うち》の裏に落ちていましたから持って来ました」と云いながら、文庫を出した。
下女は「そうでございましたか、どうも」と簡単に礼を述べて、文庫を持ったまま、板の間の仕切まで行って、仲働《なかば
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