こがもう少し広いといいけれども」と危険《あぶな》がるので、よく宗助から笑われた事があった。
そこを通り抜けると、真直《まっすぐ》に台所まで細い路が付いている。元は枯枝の交った杉垣があって、隣の庭の仕切りになっていたが、この間家主が手を入れた時、穴だらけの杉葉を奇麗《きれい》に取り払って、今では節《ふし》の多い板塀《いたべい》が片側を勝手口まで塞《ふさ》いでしまった。日当りの悪い上に、樋《とい》から雨滴《あまだれ》ばかり落ちるので、夏になると秋海棠《しゅうかいどう》がいっぱい生える。その盛りな頃は青い葉が重なり合って、ほとんど通り路がなくなるくらい茂って来る。始めて越した年は、宗助も御米もこの景色《けしき》を見て驚ろかされたくらいである。この秋海棠は杉垣のまだ引き抜かれない前から、何年となく地下に蔓《はびこ》っていたもので、古家《ふるや》の取り毀《こぼ》たれた今でも、時節が来ると昔の通り芽を吹くものと解った時、御米は、
「でも可愛いわね」と喜んだ。
宗助が霜を踏んで、この記念の多い横手へ出た時、彼の眼は細長い路次《ろじ》の一点に落ちた。そうして彼は日の通わない寒さの中にはたと留まった
前へ
次へ
全332ページ中115ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング