ているかい」
「だんだん寒くなったから、もうやめたんでしょう。縁の下に植木鉢がたくさん並んでるわ」
 話はそれから前の家《うち》を離れて、家主《やぬし》の方へ移った。これは、本多とはまるで反対で、夫婦から見ると、この上もない賑《にぎ》やかそうな家庭に思われた。この頃は庭が荒れているので、大勢の小供が崖《がけ》の上へ出て騒ぐ事はなくなったが、ピヤノの音は毎晩のようにする。折々は下女か何ぞの、台所の方で高笑をする声さえ、宗助の茶の間まで響いて来た。
「ありゃいったい何をする男なんだい」と宗助が聞いた。この問は今までも幾度か御米に向って繰り返されたものであった。
「何にもしないで遊《あす》んでるんでしょう。地面や家作を持って」と御米が答えた。この答も今までにもう何遍か宗助に向って繰り返されたものであった。
 宗助はこれより以上立ち入って、坂井の事を聞いた事がなかった。学校をやめた当座は、順境にいて得意な振舞をするものに逢うと、今に見ろと云う気も起った。それがしばらくすると、単なる憎悪《ぞうお》の念に変化した。ところが一二年このかたは全く自他の差違に無頓着《むとんじゃく》になって、自分は自分の
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