おくよりほかに仕方がなかった。彼は元の通りそれを座敷へ立てておいた。すると道具屋が来て、あの屏風を十五円に売ってくれと云い出した。夫婦は顔を見合して微笑《ほほえ》んだ。もう少し売らずに置いてみようじゃないかと云って、売らずにおいた。すると道具屋がまた来た。また売らなかった。御米は断るのが面白くなって来た。四度目《よたびめ》には知らない男を一人連れて来たが、その男とこそこそ相談して、とうとう三十五円に価を付けた。その時夫婦も立ちながら相談した。そうしてついに思い切って屏風を売り払った。
七
円明寺の杉が焦《こ》げたように赭黒《あかぐろ》くなった。天気の好い日には、風に洗われた空の端《は》ずれに、白い筋の嶮《けわ》しく見える山が出た。年は宗助《そうすけ》夫婦を駆《か》って日ごとに寒い方へ吹き寄せた。朝になると欠かさず通る納豆売《なっとううり》の声が、瓦《かわら》を鎖《とざ》す霜《しも》の色を連想せしめた。宗助は床の中でその声を聞きながら、また冬が来たと思い出した。御米《およね》は台所で、今年も去年のように水道の栓《せん》が氷ってくれなければ助かるがと、暮から春へ掛けて
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