りたかった。彼は新聞で、近来古書画の入札が非常に高価になった事を見たような心持がした。せめてそんなものが一幅でもあったらと思った。けれどもそれは自分の呼吸する空気の届くうちには、落ちていないものと諦《あきら》めていた。
「買手にも因《よ》るだろうが、売手にも因るんだよ。いくら名画だって、おれが持っていた分にはとうていそう高く売れっこはないさ。しかし七円や八円てえな、余《あんま》り安いようだね」
宗助は抱一の屏風を弁護すると共に、道具屋をも弁護するような語気を洩《も》らした。そうしてただ自分だけが弁護に価《あたい》しないもののように感じた。御米も少し気を腐らした気味で、屏風の話はそれなりにした。
翌日《あくるひ》宗助は役所へ出て、同僚の誰彼にこの話をした。すると皆申し合せたように、それは価《ね》じゃないと云った。けれども誰も自分が周旋して、相当の価に売払ってやろうと云うものはなかった。またどう云う筋を通れば、馬鹿な目に逢わないで済むという手続を教えてくれるものもなかった。宗助はやっぱり横町の道具屋に屏風を売るよりほかに仕方がなかった。それでなければ元の通り、邪魔でも何でも座敷へ立てて
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