れた。同時にはたしてそれだけの必要があるかを疑った。御米の思《おも》わくを聞いて見ると、ここで十円足らずの金が入《はい》れば、宗助の穿《は》く新らしい靴を誂《あつ》らえた上、銘仙《めいせん》の一反ぐらいは買えると云うのである。宗助はそれもそうだと思った。けれども親から伝わった抱一の屏風《びょうぶ》を一方に置いて、片方に新らしい靴及び新らしい銘仙《めいせん》を並べて考えて見ると、この二つを交換する事がいかにも突飛《とっぴ》でかつ滑稽《こっけい》であった。
「売るなら売っていいがね。どうせ家《うち》に在《あ》ったって邪魔になるばかりだから。けれどもおれはまだ靴は買わないでも済むよ。この間中みたように、降り続けに降られると困るが、もう天気も好くなったから」
「だってまた降ると困るわ」
 宗助は御米に対して永久に天気を保証する訳にも行かなかった。御米も降らない前に是非屏風を売れとも云いかねた。二人は顔を見合して笑っていた。やがて、
「安過ぎるでしょうか」と御米が聞いた。
「そうさな」と宗助が答えた。
 彼は安いと云われれば、安いような気がした。もし買手があれば、買手の出すだけの金はいくらでも取
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