してからでなくっては、余り専断過ぎると心づいた上、品物の歴史が歴史だけに、なおさら遠慮して、いずれ帰ったらよく相談して見た上でと答えたまま、道具屋を帰そうとした。道具屋は出掛に、
「じゃ、奥さんせっかくだから、もう一円奮発しましょう。それで御払い下さい」と云った。御米はその時思い切って、
「でも、道具屋さん、ありゃ抱一《ほういつ》ですよ」と答えて、腹の中ではひやりとした。道具屋は、平気で、
「抱一は近来|流行《はや》りませんからな」と受け流したが、じろじろ御米の姿を眺《なが》めた上、
「じゃなおよく御相談なすって」と云い捨てて帰って行った。
 御米はその時の模様を詳しく話した後《あと》で、
「売っちゃいけなくって」とまた無邪気に聞いた。
 宗助の頭の中には、この間から物質上の欲求が、絶えず動いていた。ただ地味な生活をしなれた結果として、足らぬ家計《くらし》を足ると諦《あき》らめる癖がついているので、毎月きまって這入《はい》るもののほかには、臨時に不意の工面《くめん》をしてまで、少しでも常以上に寛《くつ》ろいでみようと云う働は出なかった。話を聞いたとき彼はむしろ御米の機敏な才覚に驚ろかさ
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