に云った。
「何て」
「そりゃ私《わたし》もつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
小六はこれ以上弁解のような慰藉《いしゃ》のような嫂《あによめ》の言葉に耳を借したくなかった。散歩に出る閑《ひま》があるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持でもなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々|頁《ページ》を剥《はぐ》って見ていた。
二
そこに気のつかなかった宗助《そうすけ》は、町の角《かど》まで来て、切手と「敷島《しきしま》」を同じ店で買って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣《くわ》え煙草《たばこ》の煙《けむ》を秋の日に揺《ゆら》つかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の
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