ものでも筋のまとまらない「河岸《かし》の夜」といったような、(其中には六《む》ずかしい議論も織り込まれてはいるが)ただ装飾的で左程《さほど》他《ひと》の情緒をそそる事の出来ないものもあると申し添えなければならなくなります。悪口の序《ついで》だから、「北より南へ」という短篇の評も此処《ここ》に付け加えて置きたいと思います。ああ云った調子のものは、アナトール・フランスの短篇に沢山《たくさん》あります。そうして遺憾《いかん》ながら彼の方が貴方よりずっと旨《うま》いと思います。
 あなたの作に就いて情調とか、ムードとか云うものを挙《あ》げて、それを具合好く説明すれば、既に大半の批評は出来上ったように考えられるのですが、其ムードを作り上げるために、河岸《かし》の寿司屋《すしや》とか、通りの丸花とか、乃至《ないし》は坊間の音曲など丈《だけ》が道具になっているという意味では決してないのです。あなたの書き下す人間が、人間として一人前に活動しつつ、同時に其一篇のムードを構成している事は疑もない事実です。亮さんでも、京さんでも、彼等のする事は皆此両様の主意を同時に満足させてるではありませんか。「三人の従兄
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