見受けました。要するに水でも樹《き》でも、人の顔でも凡《すべ》てあなたの眼にうつるものは、決して彫刻的にあなたを刺戟《しげき》していないように見えます。全く絵画的にあなたの眸《ひとみ》を彩《いろ》どるのだろうと思います。しかもアンプレショニストのそれの如く極めて柔かです。そうして何処《どこ》かに判然しないチャームを持っています。だから私は「荒布橋《あらめばし》」の冒頭に出てくる燕《つばめ》の飛ぶ様子や、「夷講《えびすこう》」の酒宴の有様を叙するくだりに出会った時、大変驚ろいたのです。二つのものは平生のあなたの筆で書きこなされたものとは思えない位硬いのです。
要するに貴方の小説に有り余る程出てくるのは一種独特のムードでしょう。だから夫《それ》がまとまらない上に、筋が通らないとか、又は主人公の哲学観などが露骨に出てくると、一方が一方を殺して、少し平生の御手際《おてぎわ》に似合わない段違いのものが出来はしまいかと疑われます。「荒布橋」とか、「岡田君の日記」とか、「六月の夜」の一部分とかになると、其所《そこ》に手荒で変に不調和なものが露《あら》われているようです。其代りよし気分|丈《だけ》の
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