事情を原因におかなくっちゃいけない。その上祐天がちっとも愚鈍らしくない。いやに色気があって、そうして黄色い声を出す。のみならずむやみに泣いて愚痴《ぐち》ばかり並べている。あの山を上るところなどは一起一仆《いっきいっぷ》ことごとく誇張と虚偽である。鬘《かつら》の上から水などを何杯浴びたって、ちっとも同情は起らない。あれを真面目に見ているのは、虚偽の因襲に囚《とら》われた愚かな見物である。
○立ち廻りとか、だんまり[#「だんまり」に傍点]とか号するものは、前後の筋に関係なき、独立したる体操、もしくは滑稽踊《こっけいおどり》として賞翫《しょうがん》されているらしい。筋の発展もしくは危機|切逼《せっぱく》という点から見たら、いかにも常識を欠いた暢気《のんき》な行動である。もしくは過長の運動である。その代り単なる体操もしくは踊として見ればなかなか発達したものである。
○御俊《おしゅん》伝兵衛は大層面白かった。あれは他《ほか》のもののように馬鹿気《ばかげ》た点がない。芸術と、人情と、頭脳が、平均を保っている。また渾然融合《こんぜんゆうごう》している。幕の開いた時の感じもよかった。幕の閉まる時の人物
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