畳半へ馳《か》け込んだ彼が、そこから新らしい玩具《おもちゃ》を茶の間へ持ち出した時、小林は行きがかり上、ぴかぴかする空気銃の嘆賞者とならなければすまなかった。叔父も叔母も嬉《うれ》しがっているわが子のために、一言《いちごん》の愛嬌《あいきょう》を義務的に添える必要があった。
「どうも時計を買えの、万年筆を買えのって、貧乏な阿爺《おやじ》を責めて困る。それでも近頃馬だけはどうかこうか諦《あき》らめたようだから、まだ始末が好い」
「馬も存外安いもんですな。北海道へ行きますと、一頭五六円で立派なのが手に入《い》ります」
「見て来たような事を云うな」
 空気銃の御蔭《おかげ》で、みんながまた満遍《まんべん》なく口を利《き》くようになった。結婚が再び彼らの話頭に上《のぼ》った。それは途切《とぎ》れた前の続きに相違なかった。けれどもそれを口にする人々は、少しずつ前と異《ちが》った気分によって、彼らの表現を支配されていた。
「こればかりは妙なものでね。全く見ず知らずのものが、いっしょになったところで、きっと不縁《ふえん》になるとも限らないしね、またいくらこの人ならばと思い込んでできた夫婦でも、末始終
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