叔父は少し機嫌《きげん》を損じたらしい語気で津田の方を向いた。津田はむしろ叔母に対するつもりでいたので、少し気の毒になった。
「そういう訳じゃないんです。そういう事情のもとにお金さんの結婚が成立しちゃ不都合だなんていう気は全くなかったのです。たといどんな事情だろうと結婚が成立さえすれば、無論結構なんですから」

        三十

 それでも座は白《しら》けてしまった。今まで心持よく流れていた談話が、急に堰《せ》き止められたように、誰も津田の言葉を受《う》け継《つ》いで、順々に後《あと》へ送ってくれるものがなくなった。
 小林は自分の前にある麦酒《ビール》の洋盃《コップ》を指《さ》して、ないしょのような小さい声で、隣りにいる真事に訊《き》いた。
「真事《まこと》さん、お酒を上げましょうか。少し飲んで御覧なさい」
「苦《にが》いから僕|厭《いや》だよ」
 真事はすぐ跳《は》ねつけた。始めから飲ませる気のなかった小林は、それを機《しお》にははと笑った。好い相手ができたと思ったのか真事は突然小林に云った。
「僕一円五十銭の空気銃をもってるよ。持って来て見せようか」
 すぐ立って奥の四
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