見たいな贅沢《ぜいたく》やから見たらどうか知らないが、僕なんぞにゃこれでたくさんだからね」
津田は叔母の手前重ねて悪口《わるくち》を云う勇気もなかった。黙って茶碗《ちゃわん》を借り受けて、八の字を寄せながらリチネを飲んだ。そこにいるものがみんな不思議そうに彼の所作《しょさ》を眺めた。
「何だいそれは。変なものを飲むな。薬かい」
今日《こんにち》まで病気という病気をした例《ためし》のない叔父の医薬に対する無知はまた特別のものであった。彼はリチネという名前を聞いてすら、それが何のために服用されるのか知らなかった。あらゆる疾病《しっぺい》とほとんど没交渉なこの叔父の前に、津田が手術だの入院だのという言葉を使って、自分の現在を説明した時に、叔父は少しも感動しなかった。
「それでその報知にわざわざやって来た訳かね」
叔父は御苦労さまと云わぬばかりの顔をして、胡麻塩《ごましお》だらけの髯《ひげ》を撫《な》でた。生やしていると云うよりもむしろ生えていると云った方が適当なその髯は、植木屋を入れない庭のように、彼の顔をところどころ爺々《じじ》むさく見せた。
「いったい今の若いものは、から駄目だね
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