れてあるリチネを取り出して、飲みにくそうに、どろどろした油の色を眺めた。すると、客間でも時計の音に促《うな》がされたような叔父の声がした。
「じゃあっちへ行こう」
 叔父と小林は縁伝いに茶の間へ入って来た。津田はちょっと居住居《いずまい》を直して叔父に挨拶《あいさつ》をしたあとで、すぐ小林の方を向いた。
「小林君だいぶ景気が好いようだね。立派な服を拵《こしら》えたじゃないか」
 小林はホームスパンみたようなざらざらした地合《じあい》の背広《せびろ》を着ていた。いつもと違ってその洋袴《ズボン》の折目がまだ少しも崩《くず》れていないので、誰の眼にも仕立卸《したておろ》しとしか見えなかった。彼は変り色の靴下を後《うしろ》へ隠すようにして、津田の前に坐《すわ》り込んだ。
「へへ、冗談《じょうだん》云っちゃいけない。景気の好いのは君の事だ」
 彼の新調はどこかのデパートメント・ストアの窓硝子《まどガラス》の中に飾ってある三《み》つ揃《ぞろい》に括《くく》りつけてあった正札を見つけて、その価段《ねだん》通りのものを彼が注文して拵えたのであった。
「これで君二十六円だから、ずいぶん安いものだろう。君
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