福岡は長男の真弓《まゆみ》が今年から籍を置いた大学の所在地でもあった。
この二人の従妹《いとこ》のどっちも、貰おうとすれば容易《たやす》く貰える地位にあった津田の眼から見ると、けっして自分の細君として適当の候補者ではなかった。だから彼は知らん顔をして過ぎた。当時彼の取った態度を、叔母の今の言葉と結びつけて考えた津田は、別にこれぞと云って疾《や》ましい点も見出し得なかったので、何気ない風をして叔母の動作を見守っていた。その叔母はついと立って戸棚の中にある支那鞄《しなかばん》の葢《ふた》を開けて、手に持った畳紙をその中にしまった。
二十八
奥の四畳半で先刻《さっき》からお金《きん》さんに学課の復習をして貰《もら》っていた真事《まこと》が、突然お金さんにはまるで解らない仏蘭西語《フランスご》の読本を浚《さら》い始めた。ジュ・シュイ・ポリ、とか、チュ・エ・マラード、とか、一字一字の間にわざと長い句切《くぎり》を置いて読み上げる小学二年生の頓狂《とんきょう》な声を、例《いつも》ながらおかしく聞いている津田の頭の上で、今度は柱時計がボンボンと鳴った。彼はすぐ袂《たもと》に入
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