ができたなら、年頃彼の世話をしてきた藤井夫婦にとっては定めし満足な報酬であったろう。けれども今のところ財力の上で叔父叔母に捧げ得る彼の同情は、高々|真事《まこと》の穿《は》きたがっているキッドの靴を買ってやるくらいなものであった。それさえ彼は懐都合《ふところつごう》で見合せなければならなかったのである。まして京都から多少の融通を仰《あお》いで、彼らの経済に幾分の潤沢《うるおい》をつけてやろうなどという親切気はてんで起らなかった。これは自分が事情を報告したところで動く父でもなし、父が動いたところで借りる叔父でもないと頭からきめてかかっているせいでもあった。それで彼はただ自分の所へさえ早く為替《かわせ》が届いてくれればいいという期待に縛《しば》られて、叔母の言葉にはあまり感激した様子も見せなかった。すると叔母が「由雄《よしお》さん」と云い出した。
「由雄さん、じゃどんな料簡で奥さんを貰《もら》ったの、お前さんは」
「まさか冗談《じょうだん》に貰やしません。いくら僕だってそう浮《ふわ》ついたところばかりから出来上ってるように解釈されちゃ可哀相《かわいそう》だ」
「そりゃ無論本気でしょうよ。無
前へ 次へ
全746ページ中86ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング