った彼女はまた自分で玄関の格子戸《こうしど》を開けて夫を先へ入れた。それから自分も夫の後《あと》に跟《つ》いて沓脱《くつぬぎ》から上《あが》った。
夫に着物を脱ぎ換えさせた彼女は津田が火鉢《ひばち》の前に坐《すわ》るか坐らないうちに、また勝手の方から石鹸入《しゃぼんいれ》を手拭《てぬぐい》に包んで持って出た。
「ちょっと今のうち一風呂《ひとふろ》浴びていらっしゃい。またそこへ坐り込むと臆劫《おっくう》になるから」
津田は仕方なしに手を出して手拭《てぬぐい》を受取った。しかしすぐ立とうとはしなかった。
「湯は今日はやめにしようかしら」
「なぜ。――さっぱりするから行っていらっしゃいよ。帰るとすぐ御飯にして上げますから」
津田は仕方なしにまた立ち上った。室《へや》を出る時、彼はちょっと細君の方をふり返った。
「今日帰りに小林さんへ寄って診《み》て貰って来たよ」
「そう。そうしてどうなの、診察の結果は。おおかたもう癒《なお》ってるんでしょう」
「ところが癒らない。いよいよ厄介な事になっちまった」
津田はこう云ったなり、後《あと》を聞きたがる細君の質問を聞き捨てにして表へ出た。
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