れで行くのが厭《いや》になった訳でもあるまい」
「ううん。だってお父さんが止せって云うんだもの。僕岡本の所へ行ってブランコがしたいんだけども」
津田は小首を傾けた。叔父《おじ》が子供を岡本へやりたがらない理由《わけ》は何だろうと考えた。肌合《はだあい》の相違、家風の相違、生活の相違、それらのものがすぐ彼の心に浮かんだ。始終《しじゅう》机に向って沈黙の間に活字的の気※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]《きえん》を天下に散布している叔父は、実際の世間においてけっして筆ほどの有力者ではなかった。彼は暗《あん》にその距離を自覚していた。その自覚はまた彼を多少|頑固《かたくな》にした。幾分か排外的にもした。金力権力本位の社会に出て、他《ひと》から馬鹿にされるのを恐れる彼の一面には、その金力権力のために、自己の本領を一分《いちぶ》でも冒されては大変だという警戒の念が絶えずどこかに働いているらしく見えた。
「真事なぜお父さんに訊《き》いて見なかったのだい。岡本へ行っちゃなぜいけないんですって」
「僕|訊《き》いたよ」
「訊いたらお父さんは何と云った。――何とも云わなかったろう」
「う
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