人の飴屋《あめや》の前へ立つかと思うと、また此方《こちら》側へ戻って来て、金魚屋の軒の下に佇立《たたず》んだ。彼の馳け出す時には、隠袋《ポッケット》の中でビー玉の音が、きっとじゃらじゃらした。
「今日学校でこんなに勝っちゃった」
彼は隠袋の中へ手をぐっと挿《さ》し込んで掌《てのひら》いっぱいにそのビー玉を載《の》せて見せた。水色だの紫色だのの丸い硝子《ガラス》玉が迸《ほと》ばしるように往来の真中へ転がり出した時、彼は周章《あわ》ててそれを追いかけた。そうして後《うしろ》を振り向きながら津田に云った。
「小父さんも拾ってさ」
最後にこの目まぐるしい叔父の子のために一軒の玩具屋《おもちゃや》へ引《ひ》き摺《ず》り込まれた津田は、とうとうそこで一円五十銭の空気銃を買ってやらなければならない事になった。
「雀《すずめ》ならいいが、むやみに人を狙《ねら》っちゃいけないよ」
「こんな安い鉄砲じゃ雀なんか取れないだろう」
「そりゃお前が下手だからさ。下手ならいくら鉄砲が好くったって取れないさ」
「じゃ小父さんこれで雀打ってくれる? これから宅《うち》へ行って」
好い加減をいうとすぐ後《あと》か
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