だからね」
「旦那様《だんなさま》はずいぶん疑《うたぐ》り深《ぶか》い方《かた》ですね。それじゃ奥さんもさぞ――」
「奥さんとは誰だい、関の奥さんかい、それとも僕の奥さんかい」
「どっちだか解ってるじゃありませんか」
「いや解らない」
「そうでございますか」
 兵児帯《へこおび》を締め直した津田の後《うし》ろへ廻った下女は、室《へや》を出ようとする背中から羽織をかけてくれた。
「こっちかい」
「今御案内を致します」
 下女は先へ立った。夢遊病者《むゆうびょうしゃ》として昨夕《ゆうべ》彷徨《さまよ》った記憶が、例の姿見《すがたみ》の前へ出た時、突然津田の頭に閃《ひら》めいた。
「ああここだ」
 彼は思わずこう云った。事情を知らない下女は無邪気に訊《き》き返した。
「何がです」
 津田はすぐごまかした。
「昨夕僕が幽霊に出会ったのはここだというのさ」
 下女は変な顔をした。
「馬鹿をおっしゃい。宅《うち》に幽霊なんか出るもんですか。そんな事をおっしゃると――」
 客商売をする宿に対して悪い洒落《しゃれ》を云ったと悟った津田は、賢《かし》こく二階を見上げた。
「この上だろう、関さんのお室は」
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