うな様子で、それを丁寧《ていねい》に地面の上へ並べた。
「どうだ諸君こうやって出そうとすれば、何個《いくつ》でも出せる。しかしそう玉子ばかり出してもつまらないから、今度《こんだ》は一つ生きた鶏《とり》を出そう」
 津田は叔父の子供をふり返った。
「おい真事《まこと》もう行こう。小父《おじ》さんはこれからお前の宅《うち》へ行くんだよ」
 真事には津田よりも生きた鶏の方が大事であった。
「小父さん先へ行ってさ。僕もっと見ているから」
「ありゃ嘘《うそ》だよ。いつまで経ったって生きた鶏なんか出て来やしないよ」
「どうして? だって玉子はあんなに出たじゃないの」
「玉子は出たが、鶏は出ないんだよ。ああ云って嘘を吐《つ》いていつまでも人を散らさないようにするんだよ」
「そうしてどうするの」
 そうしてどうするのかその後の事は津田にもちっとも解らなかった。面倒になった彼は、真事を置き去りにして先へ行こうとした。すると真事が彼の袂《たもと》を捉《つらま》えた。
「小父さん何か買ってさ」
 宅で強請《ねだ》られるたんびに、この次この次といって逃げておきながら、その次行く時には、つい買ってやるのを忘れる
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