に案内されて通った路《みち》なのだろうかと疑う心さえ、淡い夢のように、彼の記憶を暈《ぼか》すだけであった。しかし廊下を踏んだ長さに比較して、なかなか自分の室《へや》らしいものの前に出られなかった時に、彼はふと立ちどまった。
「はてな、もっと後《あと》かしら。もう少し先かしら」
 電灯で照らされた廊下は明るかった。どっちの方角でも行こうとすれば勝手に行かれた。けれども人の足音はどこにも聴《きこ》えなかった。用事で往来《ゆきき》をする下女の姿も見えなかった。手拭と石鹸《シャボン》をそこへ置いた津田は、宅《うち》の書斎でお延を呼ぶ時のように手を鳴らして見た。けれども返事はどこからも響いて来なかった。不案内な彼は、第一下女の溜《たま》りのある見当を知らなかった。個人の住宅とほとんど区別のつかない、植込《うえこみ》の突当りにある玄関から上ったので、勝手口、台所、帳場などの所在《ありか》は、すべて彼にとっての秘密と何の択《えら》ぶところもなかった。
 手を鳴らす所作《しょさ》を一二度繰り返して見て、誰も応ずるもののないのを確かめた時、彼は苦笑しながらまた石鹸と手拭を取り上げた。これも一興だという気
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