四時頃に呑めと医者から命令された彼には、ちょっと薬種屋へ寄ってこの下剤を手に入れておく必要があった。彼はいつもの通り終点を右へ折れて橋を渡らずに、それとは反対な賑《にぎ》やかな町の方へ歩いて行こうとした。すると新らしく線路を延長する計劃でもあると見えて、彼の通路に当る往来の一部分が、最も無遠慮な形式で筋違《すじかい》に切断されていた。彼は残酷に在来の家屋を掻《か》き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》って、無理にそれを取り払ったような凸凹《でこぼこ》だらけの新道路の角《かど》に立って、その片隅《かたすみ》に塊《かた》まっている一群《いちぐん》の人々を見た。群集はまばらではあるが三列もしくは五列くらいの厚さで、真中にいる彼とほぼ同年輩ぐらいな男の周囲に半円形をかたちづくっていた。
小肥《こぶと》りにふとったその男は双子木綿《ふたこもめん》の羽織着物に角帯《かくおび》を締《し》めて俎下駄《まないたげた》を穿《は》いていたが、頭には笠《かさ》も帽子も被《かぶ》っていなかった。彼の後《うしろ》に取り残された一本の柳を盾《たて》に、彼は綿《めん》フラネルの裏の付いた大きな袋を
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