場になりますと、まあ七八|二月《ふたつき》ですな、繁昌《はんじょう》するのは。そんな時にゃ臨時のお客さまを御断りする事が、毎日のようにございます」
「じゃ今がちょうど閑《ひま》な時なんだね、そうか」
「へえ、どうぞごゆっくり」
「ありがとう」
「やっぱり御病気のためにわざわざおいでなんで」
「うんまあそうだ」
 清子の事を訊《き》く目的で話し始めた津田は、ここへ来て急に痞《つか》えた。彼は気がさした。彼女の名前を口にするに堪えなかった。その上|後《あと》で面倒でも起ると悪いとも思い返した。手代から顔を離して馬車の背に倚《よ》りかかり直した彼は、再び沈黙の姿勢を回復した。

        百七十二

 馬車はやがて黒い大きな岩のようなものに突き当ろうとして、その裾《すそ》をぐるりと廻り込んだ。見ると反対の側《がわ》にも同じ岩の破片とも云うべきものが不行儀に路傍《みちばた》を塞《ふさ》いでいた。台上《だいうえ》から飛び下りた御者《ぎょしゃ》はすぐ馬の口を取った。
 一方には空を凌《しの》ぐほどの高い樹《き》が聳《そび》えていた。星月夜《ほしづきよ》の光に映る物凄《ものすご》い影から判断す
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