「あいつは旨《うま》そうだね」
「なに根っから旨くないんだ、ここから見ている方がよっぽど綺麗《きれい》だよ」
比較的|嶮《けわ》しい曲りくねった坂を一つ上った時、車はたちまちとまった。停車場《ステーション》でもないそこに見えるものは、多少の霜《しも》に彩《いろ》どられた雑木《ぞうき》だけであった。
「どうしたんだ」
爺さんがこう云って窓から首を出していると、車掌だの運転手だのが急に車から降りて、しきりに何か云い合った。
「脱線です」
この言葉を聞いた時、爺さんはすぐ津田と自分の前にいる中折《なかおれ》を見た。
「だから云わねえこっちゃねえ。きっと何かあるに違ねえと思ってたんだ」
急に予言者らしい口吻《こうふん》を洩《も》らした彼は、いよいよ自分の駄弁を弄《ろう》する時機が来たと云わぬばかりにはしゃぎ出した。
「どうせ家《うち》を出る時に、水盃《みずさかずき》は済まして来たんだから、覚悟はとうからきめてるようなものの、いざとなって見ると、こんな所で弁慶《べんけい》の立往生《たちおうじょう》は御免|蒙《こうむ》りたいからね。といっていつまでこうやって待ってたって、なかなか元へ戻して
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