吉川の書生の姿も動いた。彼の車室内へ運んでくれた果物《くだもの》の籃《かご》もあった。その葢《ふた》を開けて、二人の伴侶《つれ》に夫人の贈物を配《わか》とうかという意志も働いた。その所作《しょさ》から起る手数《てかず》だの煩《わずら》わしさだの、こっちの好意を受け取る時、相手のやりかねない仰山《ぎょうさん》な挨拶《あいさつ》も鮮《あざ》やかに描き出された。すると爺さんも中折《なかおれ》も急に消えて、その代り肥った吉川夫人の影法師が頭の闥《たつ》を排してつかつか這入《はい》って来た。連想はすぐこれから行こうとする湯治場《とうじば》の中心点になっている清子に飛び移った。彼の心は車と共に前後へ揺れ出した。
 汽車という名をつけるのはもったいないくらいな車は、すぐ海に続いている勾配《こうばい》の急な山の中途を、危なかしくがたがた云わして駆《か》けるかと思うと、いつの間にか山と山の間に割り込んで、幾度《いくたび》も上《あが》ったり下《さが》ったりした。その山の多くは隙間《すきま》なく植付けられた蜜柑《みかん》の色で、暖かい南国の秋を、美くしい空の下に累々《るいるい》と点綴《てんてつ》していた。

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