る余地がなかった。彼は理非の如何《いかん》に関わらず、意地にも小林ごときものの思想なり議論なりを、切って棄《す》てなければならなかった。一人になった彼は、電車の中ですぐ温泉場の様子などを想像に描き始めた。
 明《あく》る朝《あさ》は風が吹いた。その風が疎《まば》らな雨の糸を筋違《すじかい》に地面の上へ運んで来た。
「厄介《やっかい》だな」
 時間通りに起きた津田は、縁鼻《えんばな》から空を見上げて眉を寄せた。空には雲があった。そうしてその雲は眼に見える風のように断えず動いていた。
「ことによると、お午《ひる》ぐらいから晴れるかも知れないわね」
 お延は既定の計画を遂行する方に賛成するらしい言葉つきを見せた。
「だって一日|後《おく》れると一日|徒為《むだ》になるだけですもの。早く行って早く帰って来ていただく方がいいわ」
「おれもそのつもりだ」
 冷たい雨によって乱されなかった夫婦間の取極《とりきめ》は、出立間際になって、始めて少しの行違を生じた。箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》から自分の衣裳《いしょう》を取り出したお延は、それを夫の洋服と並べて渋紙の上へ置いた。津田は気がついた。
「お
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