前は行かないでもいいよ」
「なぜ」
「なぜって訳もないが、この雨の降るのに御苦労千万じゃないか」
「ちっとも」
お延の言葉があまりに無邪気だったので、津田は思わず失笑した。
「来て貰うのが迷惑だから断るんじゃないよ。気の毒だからだよ。たかが一日とかからない所へ行くのに、わざわざ送って貰うなんて、少し滑稽《こっけい》だからね。小林が朝鮮へ立つんでさえ、おれは送って行かないって、昨夜《ゆうべ》断っちまったくらいだ」
「そう、でもあたし宅《うち》にいたって、何にもする事がないんですもの」
「遊んでおいでよ。構わないから」
お延がとうとう苦笑して、争う事をやめたので、津田は一人|俥《くるま》を駆って宅を出る事ができた。
周囲の混雑と対照を形成《かたちづく》る雨の停車場《ステーション》の佗《わび》しい中に立って、津田が今買ったばかりの中等切符《ちゅうとうきっぷ》を、ぼんやり眺めていると、一人の書生が突然彼の前へ来て、旧知己のような挨拶《あいさつ》をした。
「あいにくなお天気で」
それはこの間始めて見た吉川の書生であった。取次に出た時玄関で会ったよそよそしさに引き換えて、今日は鳥打を脱ぐ態
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