津田が軽く会釈《えしゃく》を返して、いよいよ立ち上がろうとした時、小林はほとんど独りごとのように云った。
「いったいこの席を何と思ってるんだろう。送別会と号して他を呼んでおきながら、肝心《かんじん》のお客さんを残して、先へ帰っちまうなんて、侮辱を与える奴《やつ》が世の中にいるんだから厭《いや》になるな」
「そんなつもりじゃないよ」
「つもりでなければ、もう少《すこし》いろよ」
「少し用があるんだ」
「こっちにも少し用があるんだ」
「絵なら御免だ」
「絵も無理に買えとは云わないよ。吝《けち》な事を云うな」
「じゃ早くその用を片づけてくれ」
「立ってちゃ駄目だ。紳士らしく坐《すわ》らなくっちゃ」
仕方なしにまた腰をおろした津田は、袂《たもと》から煙草を出して火を点《つ》けた。ふと見ると、灰皿は敷島の残骸《ざんがい》でもういっぱいになっていた。今夜の記念としてこれほど適当なものはないという気が、偶然津田の頭に浮かんだ。これから呑《の》もうとする一本も、三分|経《た》つか経たないうちに、灰と煙と吸口だけに変形して、役にも立たない冷たさを皿の上にとどめるに過ぎないと思うと、彼は何となく厭な心
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