持がした。
「何だい、その用事というのは。まさか無心じゃあるまいね、もう」
「だから吝な事を云うなと、先刻《さっき》から云ってるじゃないか」
 小林は右の手で背広《せびろ》の右前を掴《つか》んで、左の手を隠袋《ポケット》の中へ入れた。彼は暗闇《くらやみ》で物を探《さぐ》るように、しばらく入れた手を、背広の裏側で動かしながら、その間|始終《しじゅう》眼を津田の顔へぴったり付けていた。すると急に突飛な光景《シーン》が、津田の頭の中に描き出された。同時に変な妄想《もうぞう》が、今呑んでいる煙草の煙のように、淡く彼の心を掠《かす》めて過ぎた。
「此奴《こいつ》は懐《ふところ》から短銃《ピストル》を出すんじゃないだろうか。そうしてそれをおれの鼻の先へ突きつけるつもりじゃないかしら」
 芝居じみた一刹那《いっせつな》が彼の予感を微《かす》かに揺《ゆす》ぶった時、彼の神経の末梢《まっしょう》は、眼に見えない風に弄《なぶ》られる細い小枝のように顫動《せんどう》した。それと共に、妄《みだ》りに自分で拵《こしら》えたこの一場《いちじょう》の架空劇をよそ目に見て、その荒誕《こうたん》を冷笑《せせらわら》う理
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