の頭に描き出されたのは、穏やかな瓦斯煖炉《ガスだんろ》を供えた品《ひん》の好い食堂であった。
大きなブロックの片隅に、形容した言葉でいうと、むしろひっそり構えているその食堂は、大して広いものではなかった。津田がそこを知り出したのもつい近頃であった。長い間|仏蘭西《フランス》とかに公使をしていた人の料理番が開いた店だから旨《うま》いのだと友人に教えられたのが原《もと》で、四五遍食いに来た因縁《いんねん》を措《お》くと、小林をそこへ招き寄せる理由は他に何にもなかった。
彼は容赦《ようしゃ》なく扉《とびら》を押して内へ入った。そうしてそこに案のごとく少し手持無沙汰《てもちぶさた》ででもあるような風をして、真面目《まじめ》な顔を夕刊か何かの前に向けている小林を見出した。
百五十六
小林は眼を上げてちょっと入口の方を見たが、すぐその眼を新聞の上に落してしまった。津田は仕方なしに無言のまま、彼の坐《すわ》っている食卓《テーブル》の傍《そば》まで近寄って行ってこっちから声をかけた。
「失敬。少し遅くなった。よっぽど待たしたかね」
小林はようやく新聞を畳んだ。
「君時計をも
前へ
次へ
全746ページ中597ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング